ワーキングメモリについて

TLTから学ぶ記憶のメカニズムと人間の不思議

ワーキングメモリについて

ワーキングメモリという物は認知心理学の中で、情報を一時的に保ちながら操作するための枠組みです。ワーキングメモリというと言うもの自体が脳の各部位とどのように関わっているのかという研究は以前から行われておりますが、特に認知心理学のなかでは、作業記憶、作動記憶と呼ばれており、ワーキングメモリの枠組みや、脳の関連部位を調べるという研究が今でも行われています。一般的には前頭皮質、頭頂皮質、前帯状皮質、および大脳基底核の一部がワーキングメモリに関与すると考えられています。

このワーキングメモリは、人間の行動実験や、脳損傷事象やイメージングの研究、そして猿による行動実験や、マウスを使った脳部位の切除実験などを元にして幅広い分野に成果をもたらしています。しかし、一方でこのワーキングメモリという言葉の用法に関しては、一貫した物が無く、短期記憶の意味で使われている事もあれば、情報の操作を行うことを目的としている記憶物だけということで使われているなどと、その用法は様々です。

ちなみにこのワーキングメモリに関する研究結果は、注意欠陥多動障害(ADHD)や自閉症といったものへの理解を深める為にも活用されており、また様々な教育システムを見直す用途にも使われています。また今は人工知能の開発分野にもこのワーキングメモリという考え方は浸透していっています。

人間のワーキングメモリの限界容量

ワーキングメモリは、一般に容量に限界があると考えられています。特にこのワーキングメモリの中から、短期記憶に関する容量限界という考えを具体化したものとしては、Millerによる「マジカルナンバー7±2」があります。この論文によると、何か、数字や単語などといったものを記憶するケースに、人が記憶できる量は「チャンク」と呼ばれる一塊で表すと、それは7±2個の範囲に収まるとされていたということです。

これはその後の研究によって、容量はおぼえる素材の種類に依存して、数字なら約7個、文字なら約6個、単語なら約5個であることが分かってきています。特に、長い単語よりも短い単語の方が沢山覚えることが出来るという現象のことを語長効果というのですが、これも、異論はありますが、おのおのの単語を記憶するのに必要なワーキングメモリ容量の違いによって説明されることがあります。

また一般に言語的素材(数字、文字、単語)の記憶容量は、その人がその素材を声に出して読んだときにかかる時間と関係があると考えられていて、特にその素材に関しての知識状態(その単語を既に知っているかどうか)にも依存するものになっています。さらに他の依存物に対しても、他にも容量に影響する要因があって、人間のワーキングメモリや短期記憶のチャンク数を具体的に定量化する事は難しいとされています。

最近のワーキングメモリのモデル

ワーキングメモリがどのように働くのかについては、解剖学的にも認知科学的にも様々なモデルが提案されてきた。そのうち、以下に挙げる3つのモデルは特に広く認知されています。

Alan Grahamモデル

これは元々1974年にワーキングメモリのマルチコンポーネントモデルを提案した人物によるものですが、この理論では2つのスレーブシステムが情報の一時的な保持と操作を行い、1つの中央実行系が情報の統合とスレーブシステムの管理を行うとされています。

スレーブシステムの1つは音韻ループと呼ばれていて、音声情報を格納し、その事柄を「心の中で声に出して繰り返す」ことで記憶痕跡をリフレッシュして破壊を防ぐ。例示すると、7桁の電話番号を忘れる前にできる限り何度も繰り返すことで記憶痕跡を維持し続けるのです。またもう1つのスレーブシステムは視空間スケッチパッドで、これは視覚的および空間的情報を格納します。

例示すると、心の中でイメージを作り上げ操作したり、メンタルマップを表現したりします。スケッチパッドは形、色、質感等を扱うシステムと空間システムに分けられ、音韻的な干渉課題は音韻ループの機能を損なうがスケッチパッドには影響を及ぼさないこと、一方で視覚的な干渉課題による抑制の効果はスケッチパッドの機能にのみ顕著であることが研究によって示されています。

Cowan のモデル

この場合はワーキングメモリを独立したシステムではなく、長期記憶の一部と見なされています。

このモデルでは、ワーキングメモリの詳細は長期記憶の事柄の一部であるとした長期記憶は3つの状態をとることができ、ワーキングメモリはそのうち2つの状態から構成されることになっています。ワーキングメモリに含まれないものは、長期記憶の活性化していない部分となっており、通常の意味での長期記憶に相当する物となっています。

ワーキングメモリに含まれる第1の状態は活性化した長期記憶の一部に対応しており、長期記憶の活性化は量的には限界がなく、同時的に多数の情報が活性化します。

しかし、情報の活性化には時間限界があって、リハーサルをしていかない限りは時間と同じく活性化の程度が低くなっていくとしています。第2の状態は注意の焦点と呼ばれており、これは注意の焦点の容量には限界があって、同時に注意を向けることができるのは、活性化した長期記憶の構成要素のうち最大で4つのチャンクだとしています。

Oberauerモデル

これはCowanのモデルを拡張したもので、1つのチャンクにだけ、通常より大きな注意を向ける第3の状態を導入しました。このモデルの利点は、大まかに以下の通りです。それは、Cowanのモデルによれば人間は同時に4つの数字に注意を向けることができます。しかし、それら4つの数字にそれぞれ同時に2を足す事できません。ほとんどの人間は数学的な処理を並行して行う事は出来ず、順番に1つずつ足し算するしかありませんが、Oberauerのモデルでは、4つの数字から1つだけを高次レベルの焦点に選んで処理を行っていくとしたことで、このことを説明しています。

ワーキングメモリはトレーニングで改善する

特に最近ではこのワーキングメモリに関してはトレーニングするだけで誰もが比較的改善するようになっているということもわかっています。

特にトレーニング後、ワーキングメモリに関連する脳の活躍が前前頭皮質等で増加していることが研究によって明らかとなり(前前頭皮質は殆どの研究者がワーキングメモリ機能と関係していると考えている部位である)「伝統的に一定値とされてきたワーキングメモリー容量は変わらない」と思われていたのにもかかわらず、様々な認知機能の中で重要な基盤とされる物が、実に簡単に改善出来るという事実は非常にインパクトの強いものでした。

このように、ある程度それぞれの人と人とで個体差はある物の、後天的に改善できるという面も残されているという事なのです。