日本の教育の不効率さについて

TLTから学ぶ記憶のメカニズムと人間の不思議

日本の教育の不効率さについて

比較的日本人は賢いと言われてきましたが、それももはや昔のこととなっており、識字率や平均的な知力の面から言えば、教養が高いとは言えるのですが、本格的な問題解決力に対してあまりにも力がなさ過ぎるという人もいたりします。特に最近では、文系重視、理系軽視の学習などが、日本では多くの学校で押し進められており、全く効率的とは言いがたい、何の科学的証明も、論理的証明も成されていない力業や、荒唐無稽がまかり通る時代になってきています。では、具体的に日本の教育現場の何が問題となっているのか、具体的に学んでいきたいと思います。

教育について学ばない

まず根本として有る問題は、教育について日本の教育現場では全く学ばせないというところが一つの問題としてあると思います。これは不効率さというよりも、基本原則とも言える部分で、全く学習や教育について学んでいないのにもかかわらず、人を教える為の教師にならなくてはいけない、そして人に人生を教える立場である親にならなくてはいけないという状況に今、陥っています。もちろん脳科学の分野もそうですし、教育の分野もだいぶわかっていることとわかっていないことが、はっきりしてきているはずです。

たとえば、今わかっている事の一つに「親は子供に勉強をしろ」と言ってはいけないという物がありますが、それを明確に理解し、早い段階からメソッドとして取り組む事も出来る人は果たしてどれだけ日本に存在しているのでしょうか? そこから導き出される学習法の是非について本当に正しいのか、それとも別のやり方の方が良いのかと、学習する機会をどれほどの人が持っていることでしょうか?

効率の良い学習の方法や、仕組みなどについて、それを教える教師が全く学習していないケースが多いのと、全く同頻度で、それを学ぶであろう生徒もその生徒を育てるであろう親も、何も知らず、何が正解なのかも考えず、ただ勉強しろとだけ無責任に言い放ち、「結果としてやる人はやる」といった完全に逃げでしか無い結論に陥っている訳なのです。これは本当に正しいことなのでしょうか?

>根本学習が無い

そして、かつてはあまり必要とされなかったのかも知れませんが、自分個人の考え方としては根本教育というものを前述した教育について学ぶというのと同程度に行うべきだと思っています。脳科学に基づいた効率の良い学習方法もそうですし、子供の育て方もそうでしょう。税金の納め型などもあらかじめ学んでおくべきだと思うのです。特に二番目に例に出した子供の育て方という物は子供を育てるのがいかに大変な事なのかを理解できる場として、その後の男女参画社会を作る上で欠かせないものになるかと思いますし、また、親を子が理解するという一つの超越教育の場としても働くかと思います。このような根本的な学習という物が無いのも問題だと思います。

学習システムがフレキシブルじゃない

物事に対する習熟度や理解度という物は人それぞれ個体差があり、それは必ずしもその人物の能力や努力によるものではありません。たとえば、偏差値30程度の成績しか出せない人物がいたとして、それは成績が偏差値30なのではなく、成績が偏差値30になる教育しか受けることが出来なかったという事なのです。先生などは「まじめに授業しているのに聞かない奴が悪い」と言うのかも知れませんが、偏差値が30しかない人にとってみれば、自分の理解の範疇に無いことを、半ば無理矢理「理解しろ。出来ないならお前は馬鹿だ」と脅迫するかのように押しし住めてしまっているという事も一つの問題としてあるのだと思います。

これは先ほどのTLTの例を出してみると、出来ないところがどこなのか、なぜ出来ないのか、そして出来ないのは何が理解できていないからなのかを導き出す事になるという訳です。生徒個人個人、子供それぞれにとってフレキシブルに回る教育でなければ、そこから必ず落ちこぼれる人が出てきてしまう上に、社会的な有用性を多く生み出す社会を目指す上での一つの障害になってしまうかと私自身は思っています。ただし、今現在の教育システムがただ単純に生まれた人物を本人に文句を言わせない形でふるいにかけて、順序づける目的で敷かれているのだとしたら、別段これは間違っているとは言えないのかも知れません。しかし、もしも自分の個人的な理由によって学習したいと思っている人などは、必ずしもこの古典的なシステムの上に学習を行っていかなければならないなどと、まかり間違っても思い込んではいけません。

体育会系学習法が未だに用いられている

特に最近でも、まだまだ体育会系もとい文系的学習法が未だに用いられているという事実も一つの問題としてあるかと思います。一つが漢字の書き取りです。ひたすら意味不明なほどまでに漢字を練習帳に書かされる。それも何の根拠も無い100回書けというものです。今科学的にわかっている事で説明すると、基本的にどんなに頑張って覚えようとしても最悪の場合、しっかり忘れてしまう、それは忘却曲線というデータに基づく物だという事がわかってきているのです。たとえば、何かを学習して、一時間後にそれを再現した場合の再現性は44パーセント、これはたった二十分でも58パーセントと半数より高い数字を保つだけなのです。どういう事なのかと言うと、20分後には学習したことを58パーセント近くしか覚えておらず、そして、一時間後には44パーセント、一日後には26パーセント、一ヶ月後には21パーセントしか覚えていられないということになるということです。

一日の間に急激な忘却が起こりますが、その後の忘却は緩やかに起こるとされているので、もしも漢字を覚えるのであれば、一度に百回書かせたとしても、一ヶ月後には忘れている可能性が高いのです。もし、そうなのであれば、そういった一度に百回書かせるのでは無く、一日一回~3回を一ヶ月やらせた方が効果的だという訳なのです。

それもただたんに無意味にやらせるのでは無く、テストといった何らかの確認作業も含めつつやるというのが一番ベストだといえるのでしょう。